Why欄に書いているのは、価値の仮説ではなく実装の理由だった

CADDIでPM/PgMを務める飯沼亜紀氏は、CEDEC 2026の招待講演で、組織における「作ること」と「価値を生むこと」のズレを図式化している(出典)。氏はこれを個人の資質の違いではなく、成果の定義の仕方の違いだとする。アウトプット脳は納期、スコープ、予算という確定値で四半期単位に判断し、ユーザー価値脳は行動変容や学びという未確定だが早期に観測できる兆しをもとに日々判断する。この二つの間には、行動の兆しから価値の証拠、さらに売上という遅行指標へ至る経路のどこかに、解釈の橋が架かっていない場所がある。氏はこの空白を「共通言語の喪失」と呼び、その帰結として「共通言語がないと、アウトプットだけが唯一の確定事実になる」と述べる。

氏が示す処方箋は3つの設計だ。実験の設計では、「XX機能を実装する」ではなく「XX機能を使ったユーザーの翌日継続率を30%から40%にする」のように、誰の何を変えるかから始める。会話の設計では、「何を作ったか」ではなく「誰の、どんな行動が変わったか」から会議を始める。KPI設計では、Leading指標(行動の兆し)、Intermediate指標(行動の結果)、Lagging指標(事業指標)を一本の仮説として繋ぎ、「これは何がどう良くなるという仮説か」を全てのKPIに問う。

Why欄がその橋になっている、と思いかけた

PRレビューツールParryを開発している立場からこの図式を読むと、ParryのWhy欄がまさにこの橋の役割を果たしているように見える。PRという「作ったもの」に対して、なぜその実装を選んだかという理由を書かせる。これは「アウトプットだけが唯一の確定事実になる」状態への対抗策そのものではないか。そう考えたくなる。

だが、この週にAnswer Surfingの一環として自分たちが実際に送った5件のPRのWhy欄を読み返すと、そこに書かれていたのはこの図式でいう橋ではなかった。「候補記事をAnswer Surfing記事化した」「仮説棄却の構成にした」「一次データを接続した」という記述はどれも、なぜこの記事構成(実装)を選んだかという理由であって、この記事を読んだ誰の何がどう変わるかという仮説ではない。Answer Surfing自体は、記事を読んだ人が自分の行き詰まりに気づき、最終的にParryへ辿り着くという「回収型」戦略を掲げている。読了、気づき、到達という経路が想定されているにもかかわらず、5件のWhy欄のどれ一つとして、この経路を仮説として書いていなかった。

四軸というフォーマットは、どちらの脳で書くかを強制しない

ここから分かるのは、ParryのWhy欄という項目の存在そのものが橋になるわけではないということだ。飯沼氏の図式に当てはめれば、Why欄に「なぜこの実装にしたか」を書くのはアウトプット脳の言葉で、「誰の、どんな行動をどう変える仮説か」を書くのはユーザー価値脳の言葉になる。同じPRの同じ欄が、書く側の姿勢次第でどちらの脳の言葉にもなりうる。四軸というフォーマットを用意しても、それを埋める人間なりAIなりがアウトプット脳の言葉で埋めれば、記録そのものがアウトプット脳の側に倒れる。今週の5件がまさにそうだった。フォーマットは中立で、傾くのは中身のほうだ。

書き直したところで、検証する手段がまだない

ではこの記事を含む6件のWhy欄を、今からユーザー価値脳の言葉で書き直す価値はあるのか。飯沼氏の設計に倣えば、「この記事を読んだ人のうち、自力実装に挫折した経験を持つ層が、記事内の未回収の問いに触れて自分の状況を言語化し直す」といった仮説を書くことはできる。だが、それが実際に起きたかどうかを追跡する仕組みは、少なくとも現時点のParryの運用にはない。飯沼氏は、価値志向が「唱えるだけで検証しない」状態に陥ることを宗教化と呼んで警戒していた。KPIチェーンを描いても、それを追いかける手段がなければ同じ状態になる。今週書いた6件のWhy欄をどう直すべきかは、この記事を書いている時点でもまだ答えが出ていない。