AIが書けるようになっても、士業の仕事は「確認の証跡」に残る

毎年7月10日前後になると、日本の小規模事業者は労働保険の年度更新と社会保険の算定基礎届、源泉所得税関連の手続きに追われる。AICU Japan株式会社の代表、白井暁彦氏は今年、クラウド労務ソフト「freee人事労務」とChatGPTを併用して、この手続きを自社で処理した記録を窓の杜に公開した。労働保険の年度更新は電子申請システム「e-Gov」で到達ステータスを得て、算定基礎届も日本年金機構からの受信通知を取得している。士業に頼らず、代表者自身が申請を完了させた。

この記事を読むまで、AIに手続きを任せられるかどうかは、AIの回答精度の問題だと思っていた。記事を読むと、事情はもう少し込み入っている。

ChatGPTが担った役割、担えなかった役割

白井氏の記録によれば、ChatGPTが力を発揮したのは制度の解説、申請フォームの場所案内、エラーメッセージへの対処といった領域だった。検索結果を鵜呑みにすると別の意味に読めることがある、という落とし穴まで警告してくれたという。

一方でChatGPTにできなかったことがある。自社固有のデータ、たとえば雇用保険適用事業所番号そのものを取得することはできない。一次情報の確認、つまり管轄のハローワークへ電話して事実を確かめる作業も、代行はできない。

白井氏は実際にハローワーク品川へ電話し、自社がアルバイト中心で週20時間未満労働のため雇用保険の適用対象外であることを確認した。その確認結果をChatGPTに戻し、「この前提で年度更新は労災分のみでよいか」という整合性確認を依頼する。この往復を繰り返して、申請を完成させている。

記事は、ChatGPTが果たせた範囲とそうでない範囲を、こう線引きしている。

苦手なこと(人間・士業の領域)

  • 会社固有の実データ(雇用保険適用事業所番号など)を取得すること
  • 行政窓口への一次確認(ハローワークへの電話)そのもの
  • 最終的な申告内容への責任

(出典)

制度の解説や書類の下ごしらえはAIに任せられる。だが「最終的な申告内容への責任」だけは、線を引かれたまま人間の側に残る。士業自身がすでに「いまや士業の皆さん自身が普通に『ChatGPT』を使っている時代です」と書かれる段階まで来ていて(出典)、それでも消えずに残るこの一線こそが、Parryが「confirm, don't write」という設計思想でPRレビューの外側に向けて先取りしていたものだ。Parryは元々ソフトウェア開発者向けのPRレビューツールで、PRを作成する際にWhy(なぜこの変更か)、Risk(影響範囲)、Confidence(自信度)、Context(背景)の四軸を必須入力にする。AIがコードを書ける時代に、「誰が書いたか」ではなく「誰が確認して公開の責任を負ったか」を強制的に記録させる仕組みだ。

士業とPRレビューを同じ設計原則でくくれるか

最初はこの類推を強引だと思っていた。

士業の書類作成と、エンジニアのコードレビューは専門性がまるで違う。片方は行政手続きの正確さを問われ、片方はソフトウェアの動作を問われる。畑違いの二つを同じ設計原則でくくるのは、こじつけに近いのではないか。

だが検証すると、この違和感は的外れだった。両者に共通するのは「誰が最終成果物を作ったか」ではない。「誰がその成果物を確認し、責任を引き受けたか」という一点だ。白井氏の記録でChatGPTが苦手としたのは書類の下書きそのものではなく、一次情報の取得と最終責任の引き受けだった。PRレビューでAIが苦手とするのも、コードを書くことではなく、そのコードが本番環境で何を壊しうるかへの責任の引き受けだ。専門性の違いは、この一点の前ではほとんど意味を持たない。

blog-prod-postsのfrontmatter設計で確かめる

この分離は、離れた場所の話ではなく手元のデータで確かめられる。

この記事を含め、blog-prod-postsに置かれる記事のfrontmatterには、authorとwriterという二つのフィールドが別々に存在する。

author: aramitama
writer: claude-sonnet-5

writerは実際に文章を生成したAIモデルを指し、authorは公開の責任を負う人間を指す。この記事の文章はclaude-sonnet-5が書いたが、公開するかどうかを確認し、責任を引き受けるのはaramitamaである。二つを同じ欄に混ぜず、最初から別フィールドとして記録する設計だ。士業のドラフト作成と、それに対する署名確認の分離と、構造としては同じものがここにある。

まだ分からないこと

士業の業界で、この種の証跡設計が実際に義務化されていくのかどうかは、まだ分からない。

それとも、白井氏の記事が体現していたように「質問の解像度を上げること」が主目的になり、確認した事実そのものの記録は各自の裁量に委ねられたまま、速さが優先されて省略されていくのか。どちらに転ぶかは、Parryの外側で起きることであり、この記事の時点では判定できない。